ゆめにっき
明晰夢・幽体離脱について。
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ミラーニューロン
これはすごい

492 :幽体かもしれない名無しさん:2010/07/12(月) 07:00:51 ID:U/ok4KPE0
「ミラーニューロン」というのはご存じのとおり相手が何をしているのかを見て反応する神経細胞のことである。
誰かがアイスクリームを食べているときに、それを見ている私の脳内で、「アイスクリームを食べているとき」に活動する神経細胞がまるで鏡に映したように活動する。
だから、人のしぐさを見ているだけで、その人の内部で起きていることが想像的に追体験(というかリアルタイムで体験)できる。
そういう能力が生物には備わっている。
チンパンジーにもミラーニューロンがあるから、人のしぐさを見るだけで人間の道具を使いこなし、ボートを漕いだりすることもできる。
このニューロンはコミュニケーションや学習や共同体の形成にとって決定的な重要性をもつのである。
だからコミュニケーション能力の低い人、「空気が読めないやつ」、他者との共感能力の低い人はこのミラーニューロンがきちんと機能していない。
学習障害や自閉症がミラーニューロンの機能と深い関係があることも知られているそうである。
先日、多田先生から「師匠がくしゃみをしかけたら弟子は同時にくしゃみをするくらいでなければならない」というお話をうかがった。
他者の体感に同期することは合気道の重要な技法的課題だけれど、これはミラーニューロンの活性化というふうに言い換えることもできる。
それだけでもびっくりなのだが、一番驚いたのは(これはまだあまり知られていないことだそうだけれど)ミラーニューロンを活性化する薬が発明されたという話である。
それを人間に注入してみたら、どうなったか。
他者との共感能力が異常に高まって「千里眼」になった・・・とふつうなら想像するが、そうではなかった。
ミラーニューロンが活性化した人は全員が同じ幻覚を見たのである。
それは「幽体離脱」である。
自分を天井から自分が見下ろしている。
つまり他者への共感度が高まりすぎたせいで、「自分が他者であっても自己同一性が揺るがない状態」になってしまったのである。
この幽体離脱はすべての人間が経験することなのだそうである。
ただせいぜい生涯に一度か二度(多くは臨死体験において)であるので、科学研究の対象にはならない(幽体離脱が起きるまで何十年も被験者を観察していなければならないから)。
Je suis un autre 「私は他者である」と書いたのは見者ランボーだが、この一文から推して、アルチュール・ランボーの脳内ではミラーニューロンがたいへん活動的であったことが推察されるのである。
論理的に考えると、「自分が他者であっても自己同一性が揺るがない」ときの自己同一性というのは、もう「私がひとりでいるときの自己同一性」とはあきらかに別物である。
それは私と他者をともに含んだ「複素的構造体=私たち」の自己同一性である。
ご案内のとおり、主体=他者の対面的状況において、この「複素的構造体」をどうやって立ち上げ、どうやって操作するか、ということが久しく私自身の哲学的=武術的課題(「レヴィナス=合気道問題」)であった。
レヴィナス他者論と「合気する」技法のあいだを架橋する手がかりがミラーニューロンのうちにあるのではないか・・・
そう考えたら、なんだかわくわくしてきたのである。 

493 :幽体かもしれない名無しさん:2010/07/12(月) 07:03:02 ID:U/ok4KPE0
内田さんは、そのすぐ後で、次のように言っている。

『論理的に考えると、「自分が他者であっても自己同一性が揺るがない」ときの自己同一性というのは、もう「私がひとりでいるときの自己同一性」とはあきらかに別物である。』

こうした文章を読むと、人間におけるミラーニューロンが、言語を司るブローカ脳の部位にあることからも、自己言及の問題を直結しているように思えてくる。ぼくは、ある意味では共感能力とは、人間にとってはある種の危機であろうと思っていたので、全員が、幽体離脱をしたと聞いて、正直あまり驚かなかった。それは、自己言及性の問題で、言語の超越性が問題になるのと機を一にしているように思える。不完全性定理を証明したゲーデルが、プラトン的イデア主義者であったこととも、なんとなく符合するように思える。僕の頭では、天才数学者ゲーデルが何を考えていたのか分かるはずはないが、プラトンのイデア論は復活するのではないだろうか。またロゴスの問題に、脳科学は新しい光を照らしてくれるかもしれない。最近読んだ『マリア福音書』で、救済者の復活の幻をマリアが見たとき、救済者=キリストは、「私をみて動揺しないとは、あなたはなんと素晴らしい」という。『マリア福音書』については、また後で紹介したいと思っているが、上記の箇所を読んでとても印象に残った。マリアは、内田さんの言葉を拝借すれば、「自分が他者であっても自己同一性が揺るがない状態」になってしまっていたのではないか。男性の使徒であるペテロやアンデレが、マリアを論難するのも無理はない。マリアは、救済者と自己同一化を遂げていた。女性が、しばしば巫覡(ふげき)の能力を持つこととも、何か関係があるように思えてくる。サイトで見つけた内田さんの情報からは、とても刺激されたので、ちょっと何か書いてみたく思った


引用ですが。

自分も柔道をやっているときに相手を愛する気持ちでいるとうまく行く感じがしました。

愛は集合的無意識を思い出すための癒着剤でしょう。

無念夢想でいることこそが奥義とは、昨日書いたとおりです。

偉大なる無意識が全てを知っている。無意識というよりは内なる、集合的宇宙的意識。

自他の幅を無くし自我の拡大をもたらすミラーニューロン、そしてそれを活性化する薬

が開発され、現に被験者全員が幽体離脱に成功するとは、ものすごいことです。

これさえあれば、アセンションとやらがくるまでもなく、スレ住民の最終解答としての

絶対的離脱法が確立するばかりでなく、人類の悟りと集合、涅槃寂静の日は近いでしょ

う。
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